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伝えること

 

ものづくりを伝えるために、
空間から考えることをいつも大切にしている。
ひとつのデザインや制作に没頭すると
どんどん細部に目がいって、世界が狭くなるから。

美しいものとは眼の前に広がる風景すべてで捉えるものだ。

ただこの価値観も伝わらなければ意味がない。

悩み、悩む日々の中ひとつわかったことがある。

作ることと伝えることは、きっと同じ。
伝えるために作る。
作るために伝えるしかないんだ。

この情熱が止まらない限り、
きっといつまでも続けていける。

今僕は、そう思う。

 

 

 

仕事

今日も、手鉋で木を削る。
きっと省いても、誰もわからない。
もう仕上がっているから、時間の無駄だと言われながらも
僕は、それでも手鉋で木を削る。

色々頭で理由を考える。考える。
なぜ?と言われれば答えられるよ。
けれど実は、理由なんてない。

僕の中にある木を削ることが大好きな気持ち。
ただそれだけ。
共感も本当はいらない。

戦友の鉋たち。
彼らと僕は、今日も手鉋で木を削る。

 

個性

僕たちが作る家具が暮らしでどう見えるのが良いのかをよく考える。
暮らしの風景に溶け込むことを目指しながら、自分自身の個性も大切にしたい。
個性とはなんだろうと、必要かと思いながらもその狭間で揺れ動く。

そんなある日、設計士さんに「高橋さんの家具は強い」と指摘されてひどく落ち込んでしまった。
簡素で美しいものを作りたい。優しく静かな佇まいなものを作りたいと思っていて
「強い」という言葉に真逆の印象を感じたからだ。
ただ、一方で美しさとは、野生動物のようなたくましさが必要でないかと思うことがよくある。
その形を成す線に生物を感じる、脈打つ線がなければと思うことがある。
華奢で繊細な美しさでは、生物として弱いと感じるから。
長く生き残るものは、たくましいのだ。

僕が生み出す家具たちは生物を感じるたくましい力強さを放ちながらも
人の暮らしをそっと優しく支える脇役でいてほしい。

そんなデザインを生み出したいと今、思う。

 

次の扉

デザインを考えること。

図面を引くこと。

制作すること。

僕の中でそれぞれは、それぞれで成長している。
デザイナーとしての自分と設計者としての自分と制作者としての自分。
それぞれの自分が、こうしたい。と主張する。
その主張はいつも噛み合わない。
けれど、そのバランスが整うときが時々あって、そういう時に自分自身の成長を実感できる。

そしてまた次の自分へすすんでいく。

美味しいということ。

余韻の中にも美しい味わいがある。
終わった後のこの空間に漂っていた気配は、確かに美味しいと思った。
またこんな美しい時間を作りたい。

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