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個性

僕たちが作る家具が暮らしでどう見えるのが良いのかをよく考える。
暮らしの風景に溶け込むことを目指しながら、自分自身の個性も大切にしたい。
個性とはなんだろうと、必要かと思いながらもその狭間で揺れ動く。

そんなある日、設計士さんに「高橋さんの家具は強い」と指摘されてひどく落ち込んでしまった。
簡素で美しいものを作りたい。優しく静かな佇まいなものを作りたいと思っていて
「強い」という言葉に真逆の印象を感じたからだ。
ただ、一方で美しさとは、野生動物のようなたくましさが必要でないかと思うことがよくある。
その形を成す線に生物を感じる、脈打つ線がなければと思うことがある。
華奢で繊細な美しさでは、生物として弱いと感じるから。
長く生き残るものは、たくましいのだ。

僕が生み出す家具たちは生物を感じるたくましい力強さを放ちながらも
人の暮らしをそっと優しく支える脇役でいてほしい。

そんなデザインを生み出したいと今、思う。

 

次の扉

デザインを考えること。

図面を引くこと。

制作すること。

僕の中でそれぞれは、それぞれで成長している。
デザイナーとしての自分と設計者としての自分と、制作者としての自分。
それぞれの自分が、こうしたい。と主張する。
その主張はいつも噛み合わない。
けれど、そのバランスが整うときが時々あって、そういう時に自分自身の成長を実感できる。

そしてまた次の自分へすすんでいく。

美味しいということ。

余韻の中にも美しい味わいがある。
終わった後のこの空間に漂っていた気配は、確かに美味しいと思った。
またこんな美しい時間を作りたい。

 

 

装わないままの姿

手を加えないこと

手を加えること

時間を加えないこと

時間を加えること

生み出される次のための元となること

素とは、果てなく続く、生み出す種

 

ぼくは、素の中で揺れ動く

樹木

樹齢100年は優に超えている巨大な御神木。
僕が日々扱っている木という素材の本来の生命力を目の当たりして圧倒される。
今、作業台にある木材は僕が生まれる前からずっとどこかで月日を重ね生きていたんだ。
僕ら木を扱う職人は、木という物言わぬこの素材をただの材料として捉えるのではなく、
樹木の命と人の暮らしを繋げる尊いことであることを自覚しなければならない。
と樹木の雄大さを見る度になんとも言えない深い祈りを捧げたくなるような思いになる。

 

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