ゆらぎ
職人は、同じもの作ることができない。
手仕事を生業にするすべての人が感じることだ。
手仕事が機械に劣っているから。そんな理由では決してない。
機械が手ではできないことができるように、手仕事は時に機械を上回る結果を作れる。
だが、技術が熟練した職人であるほど、同じものを作ることはできないと感じている。
木工においても、もちろん同じものを作ることはできないと私は思う。
それはどういう意味かというと
例えば、私にとって手仕事を一番発揮するは鉋での削りの作業。
ある鉋仕事を同じ体調、同じ道具の切れで同じ力で同じ方向に鉋を動かしたとしても
2枚目には、同じような完璧な仕上がりにはならない。
それは、完璧に同じ素材はないから。
あるひとつの樹木から切り出された木の板でも少し切る場所が変われば木目は違う。
木目が違えば、その表面のアプローチは、全く違うものになる。
木という素材はそういうものであるし、あらゆる天然素材はそういうものだ。
だから同じように動いていながら、僕らは直感的に削る瞬間に手応えから木肌の硬い、柔らかい。
高い、低いを判断して力感を変える。刃の当て方や削る向きも変える。
常にそのひとつの素材と向き合い、どう仕事をしていけばよいのか対話をしている。
熟練すればするほど、その感度、精度が高まり僅かな違いを違いと感じ、それを「ゆらぎ」と呼ぶ。
手仕事から生まれる輪郭線、木肌の触り心地の本当に僅かな違い。
その僅かな違いが積み重なって「ゆらぎ」になり、出来上がったものに個性が生まれる。
それが手仕事から生まれる味わいだ。
同じものが作れないということは、それぞれの素材の個性を引き出すこと。
私は、そういう職人が好きだ。
素材にどう向き合っているのか。
職人は、常に素材に丁寧に向き合えなければならない。
それが物言わぬ彼らに対する誠意であり、それが伝われば伝わるほど、
木は応えてくれて、美しい姿を見せてくれる。
誰も見たことのない木の美しさを表現できる職人でいたい。